名作コピーを分析して、制作当時の課題が何だったのか連載企画。今回は、同棲中の男女がプロポーズの前段階としてアピールするという「あの雑誌」について考えてみました。
1. 結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです。
2.考察
3.結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです。だから、ゼクシィを買ってきました。
4.ターゲット
5.結論
コピーライター:坂本美慧
企業:リクルートマーケティングパートナーズ
制作:2017年
言わずと知れたNo.1結婚情報誌『ゼクシィ』のキャッチコピーです。手がけたのは、博報堂の若手コピーライター坂本さん。
【構造】
結婚しなくても/幸せになれる/この時代に、
私は、/あなたと/結婚したい/のです。
「結婚しなくても幸せになれるこの時代」と規定した上で、結婚への意志を語っています。
使用文字はひらがな・漢字。漢字が多めなので、硬いまっすぐなメッセージが感じられます。
構造の部分でも触れましたが、「結婚しなくても幸せになれるこの時代」と規定していることに注目したいですね。
「結婚しなくても幸せになれるこの時代」とはまさに現代社会を射抜いた一言だと感じます。老齢に近づくと面倒があるのかも知れませんが、基本的には1人でも生きていける時代です。趣味・娯楽は充実していますし、コンビニとかドンキとか、何でも揃うお店がいくらでもあります(少なくとも都市圏ならば)。
戦前の家父長制はもちろん、イエという共同体もほぼ崩壊しています。親が決めた結婚は一部を除いてほぼ存在しませんし、基本的には自由恋愛の末の自由結婚(・自由離婚)の時代です。現在は法律の壁がありますが、たとえば同性愛者にもこの道が開かれつつありますし、事実婚を選ぶ人だっているでしょう。実際に大学の先生は事実婚でした。“国家への反抗”という特殊なケースではあったんですけれど…。
要するに、「結婚しなければならない」かのような空気感が、無くなってきたということです。だって、どんな生き方しようが、勝手じゃないですか。結婚は、たとえばどの家に住むかというような、人生における1つの選択肢でしかない。そんな時代になってきました。
改めて本作をみてみると、①時代の定義、②商品の定義の2層構造になっていることがわかります。時代については上述のとおりですが、②の方が隠れています。つまり、
というのが、このキャッチコピーの真の姿です。商品を売るのがコピーなので、当然といえば当然です。「だから」には論理の飛躍がありますが、この飛躍を現代という時代の定義によって乗り越えているのが本作のスゴいところです。つまり、結婚が人生の選択肢でしかない現代にバッチリ合った雑誌こそがゼクシィなのである、ということです。そういうコミュニケーションを志向して、意図して設計されています。だから、時代の定義づけのように見えて、実はゼクシィの定義づけになっている。そこがキモではないでしょうか。
自由な価値観のもとに結婚をしたいと考えている男女ですから、おそらく共働きの20代中盤〜30代中盤あたりまでを想定しているのでないかとおもいます。お金はそこまでないかも知れないけど、結婚への高い意識があるカップルです。さらにいえば、同棲中のカップルです。「ゼクシィ攻撃」なんて言葉もあって、テーブルに黙ってゼクシィを置いておくことが結婚の意思表示になるのですから、読者には結婚を前提としていっしょに住んでいるカップルが多そうですね。
ターゲットのインサイトとしては、SNSの体験談を筆頭に、結婚すると大変ですよ、山あり谷ありですよ、とこれだけやかましい中で、「あえて」結婚という選択をした私たちに気づいて欲しい、という感情があったのではないかとおもいます。そして、その感情の奥には、結婚しなくても幸せになれるこの時代に「あえて」結婚したいとおもえるような人と出逢えたんだ、またはそんな人に出逢いたい、という強い感情が隠れています。
このキャッチコピーが生まれる前に設定された課題は、いま消費者が描いている結婚の意志への肯定、そしてゼクシィはその気持ちに寄り添う雑誌です、という広告コミュニケーションの構築にあったのではないでしょうか。「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、」が出たあたりで、すでに反響は約束されていた。そんな1行です。
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